明暗

すいません。

そして、すいません……

誰も待っていないかもしれませんが3カ月ぶりのブログ更新です。

おかげさまで忙しくさせていただいていて、洋服作りに、大工仕事にまた大工仕事、畑仕事にまた畑仕事、展示の在廊にまた在廊、旅行に移動にと、息つく暇もなく直接洋服とは関係ないことも半分くらいあるけど(笑)走り回っていて、、、今見たら写真は携帯で撮った10枚程度しか残っていませんでした。 先週なにをしていたかも曖昧で、記録にも記憶にもあまり残っていません(~_~;)。今、ブログを書きながら思い出していますが全然思い出せないので最近いろいろ見ていて気になった事でも。

あくまで私達の場合は、直接職人さんと産地を結ぶことを美学としているというより話の早さや効率の良さを考えて中間業者を入れることはまず選択しません。海外から生地を輸入したり自分たちの知識だけでは補えない場合など必要であればお願いすることはありますが、、、基本的にはそのくらいのスタンスで、ルーティーンで買ったり、織ってもらったり、編んでもらったりした生地を付属や型紙と一緒に縫製工場へ持ち込んでいます。ただ、これまでお願いしていた縫製屋さんが立て続けに高齢化や体調不良などで続けることが難しくなってきていて、そろそろ新しく協力工場を探さないとな、、、と思いまして、いくつかの県の工場さんをぐるぐる回って商談をしていたりなんかも今年に入ってしていました。

どこの工場に行っても縫っている方は9割以上が海外から来られた技能実習生や外国にルーツのある方々で、日本人の若い人は入ってきたとしてもなかなか続かないと工場の方はおっしゃっていました。 もちろん日本人だけで縫製されている工場もありますけれど、比率としては少ないです。日本の縫製工場は少しずつ管理だけを日本人が行うという形にシフトしていくのだろうなと思いましたし、それはそれで悪いことでも悲観することでもないと思っています。職人さんが育たないというのはありますが、皆さんまじめで結構上手です

逆に私が気になってしまったのは、どこの工場さんに行っても「メイドインジャパン」をうたうメーカーさんたちの純国産を匂わせるようなタグが付いていたことです。海外から来た方が縫っていること自体が悪いことだとは全く思いません。ただその現場をメーカー側はどこまで見て言っているのだろうという違和感と、もっと意地悪なことを言ってしまうと生地は日本で織っていたとしても原材料の殆どは輸入だったりします。では、どこをどう見て、どういう意識で「日本製の価値」というものを消費者に伝えようとしているのだろう? 少し切り取りすぎじゃない?? どういう感じですか??? という気持ちです。


 

↓5月に裁断屋さんに反物を持って行った時。ももの箱には型紙が(7月~8月頃予定の偽リネンシリーズ)

 

そんな折に、WWDで「洋服の国産比率1.1%」という記事を読みました。見出しだけ見ると「日本の服作りが終わってしまう」というような悲観的な印象を受けるのですが……ですが、という感じです。

→ WWD記事


→ https://www.wwdjapan.com/articles/2434363

たしかに、2025年の衣料品の国産比率が数量ベースで1.1%という数字は衝撃的です。国内生産量は5341万点、国内供給量は37億3311万点、そのうち輸入品は36億9046万点。数字だけを見れば殆どの服が海外で作られていることになります。 けれどですよ、経産省の資料をよく見てみるとWWDの記事では触れられていませんが、国内のアパレル供給点数は1990年の約20億点から、2023年には約35.5億点へと大きく増えています。爆増です!!ユニクロ効果でしょうか……。

つまり日本人が服を買わなくなったから国内生産が減った、あるいは国内生産だけが一方的にものすごく減ったという単純な話ではなく、増えた大量供給のほとんどを輸入品が担う構造になったという見方の方が資料から受ける印象としては近いように思います。というより、そういうことだと思います。 「国内生産が減った」とだけ言うと食料自給率みたいに昔の健全な状態から産業が衰退したように見えます。けれど実際には直近30年で服の単価が下がり、買う点数が増え、早く安く大量に作る仕組みが海外に最適化されていった。国内生産がその量の勝負から降りた、あるいは降ろされた、という方が実態に近いのではないかと思います。 もう一つ大事なのは数量ベースと金額ベースでは印象が変わることです。経産省資料では2023年の輸入浸透率は数量ベースで98.5%ですが、金額ベースでは2021年時点で74.5%とされています。 そう考えると、「国産比率1.1%」という数字だけを強く打ち出すWWDの記事は読む人によっては少しミスリードにも捉えられるかもしれません。もちろん数字自体は事実なのですが、点数で見るとほぼ全部が輸入品に見えるけれど金額で見ると国内品、高単価品、素材や加工の価値はまだ残っている。その数字が何を意味していて何を意味していないのかまで紐づけないと日本の服作りの現状をかなり単純化してしまうように感じました。


→経産省資料

 

私が本当に悲観しているのは国内生産数が少ないこと自体ではなく、国内でしかできない加工、小ロット対応、染色、整理、編立、修理、試作を受けてくれる職人さんや工場さんが高齢化によって減ってしまっていることです。いろいろな工場を見て回って私達のような小さなメーカーにとっては、そこがいちばん大きな問題かもしれないと感じました。資料から読み取れるように品質を保ちながら手頃な価格でお客さんに届けるには、国内だけでなく、海外の力を借りることも含めて考えなくてはいけない時代に直近30年の間に切り替わってきています。必要なものを必要な価格で届けるためには、ある程度の量を作ることも含めて考えなくてはいけないと私自身も頭を切り替えています。

一部の人達が唱える「国内生産を守る」という言葉が、ただの愛国的な「日本製を買おう」になってしまっているとしたら長くは続かないと思います。続くのは国内で作る理由がちゃんとあるものだけです。例えば素材開発をしながら作るもの。反応を見て少量で追加するもの。縫製や加工の癖まで商品に含まれるもの。作り手とのやり取りが品質に直結するもの、、、そういったものは海外生産では表現できない別の価値になります。 ただ、それがお客さんにとって実感できる価値にならなければ、一度は買っても二度目はないので絶対に続きません。逆に言えば実感できる価値になっているものだけが今も残っているのだと思いますし、買ってはみたものの価値を感じ取れないものも多かったから国産の洋服の減少は進んだのだと思います。

山の母屋の改修工事も、かれこれ3年目になりまして……8割くらいまでは来たかな?というところです。

建設業界からもまた似たような空気を感じています。資材を買いに行っても、産廃を捨てに行っても、力仕事や汚れを伴う現場には外国にルーツのある方が多く働き事業を支えています。大手のハウスメーカーのHPを見渡しても綺麗な写真や言葉ばかりで、そういうところには一切触れられておりませんが、日本人がやりたくない、見たくないところの現実はそんなんです。 私達も大工仕事や畑作業をしていると埃やペンキだらけになりますし、そうじゃない洋服の仕事をしていても糸くずや染料やインクで汚れますので、ファッション業界の人から見たら汚い仕事なのかもしれませんけど(笑)。昔から華やかなファッションショーやファッション誌に集まる人と、それを支えている現場にいる人とでは、見方も、捉え方も、解釈も、考え方も違うという構図がありましたので、内容や本質が分かる人に分かってもらえたらいいし。むしろ、実際に買ってくれているお客さんに伝わっていれば、、、それだけで十分です。

それと、古民家を大工さんや友人と直しながら何故に多くの人が沢山ある空き家をリノベーションして住むのではなく新築を建てるのか理解できました、、、、圧倒的に新築の方が作るのが簡単で早くて安いです。 取り壊された古民家から引き揚げた木枠のサッシを使ったり、もとある構造を活かそうとすると経年とともに歪んだ構造が行く手を必ず阻んできます(笑) 、、、大工さんの経験も手間も費用もかかります。だから取り壊して新築にするのだなと。 POLARTECもFABRITECもリサイクルポリエステルの糸を使うことがありますがリサイクルの糸の方が大体は高くつきます。効率や経済性を優先すると壊して捨てて、新しく作った方が良いということになってしまうのです。

 

 

農業も同じですね、、、

理想とする自然農法や無農薬だけでは、みんなを補えるほどの量は作れません。 個人で楽しむ分には良いですが。 洋服でいう海外生産のように肥料や農薬を使った効率的で量を作れる栽培も現実には必要になってきます。 去年は根切り虫や動物に新芽を食べられてしまったので今年はビニールハウスである程度大きくなるまで綿花の苗を育てています。出張も多いのでビニールハウスは井戸水を自動で散布出来るように今年は作りました。 ありがたい事に去年と違って梅雨らしい梅雨が雨を降らしてくれているので畑は順調です。  雑草もどんどん伸びるので早く駄菓子屋さんもオープンして夏休みの子供たちを集めなければと思っています。

業界や仕事に関わらず、どこにでも明るい部分と暗い部分があるようです。

片方だけを見ていると考え方が偏ってしまったり、もう片方を否定するような生き方になってしまうような気がします。いろいろなところを行き来してやっと少しずつ自分の立ち位置が見えてくるような気がしています。

少なくとも洋服であれば、自己満足ではなく、誰のために、何を使い、どう生産するのかを考えることの方が、明るいことには繋がると思います。

それではまた。