ギンギラギンからサリゲナク♪

 

近藤真彦さんがアイドルとして全盛期だった頃に生まれ、わりと早い段階から洋服に興味を持ちはじめた私は10代にはメーカーやOEM事務所に出入りするようになっていたのですが、デザイナーよりも紙にサラサラと描いたイラストを基に立体的な服を作りあげてしまうパタンナーや生産管理者の仕事に魅了され、当時の上司の進めで1から制作を学びに専門学校へと入学したものの、、、学校とは主に現場を想定した予備知識を学ぶ場であるという予備知識が足りておらず、現場で使える経験を欲していた私は授業に全く身が入らず、、、先生の言葉が遠く、、、、、、在学中は真面に服を作らずに文を書いたり絵を描いていたりして落ちこぼれました。 そんな事なので卒業をする頃には見事に乾いたスポンジになっており実経験を求め並行して複数のパタンナーに従学しながら数社の仕事を掛け持ちし、メンズ、レディース、カジュアル、フォーマル、コレクションまで任される仕事は選ばずに何から何まで図面と生産をこなしていたわけなのですが、、、2,3年は俗にいう下積み時代ではあったので寝る時間も遊ぶお金も無く親には心配をかけました。そこから徐々に仕事が認められるようになり余裕も出来てきて経済的にも立場的にもこれからというところまで這い上がった25歳(厄年)の時に、シーズン毎に更新していくサイクルでの服作りに限界を感じ、実でなく繋がりやノリで進めてしまう業界の軽薄さに嫌気がさし、突発的に全部断ち切り離脱(独立)してしまい、、、またもや親に心配をかけてしまうのでした。 

 踏み切れたのは親しくしていた複数の工場からの後押しも大きいですが、当時はまだ生産背景に重きを置くような作り方やシーズン毎の受注生産をしていないメーカーは皆無で、既存のファッションサイクルに組み込まれないスタイルで作る服に新たな可能性を感じていました。きっかけを探していた時に見つけた環七通り沿いのエレベーター付き廃工場にハッとして「ヒムカシ」をスタートしたのですが当時を振り返ると ”自分を表現したい!自分が作りたい服を作るんだ!"  と、だいぶギンギラギンとしていたように思います。

/ 環七沿いの廃工場(前のアトリエ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから15年が経ち42歳(厄年)家主の世代交代によって廃工場の取り壊しが決まり今度は強制的に現在の環境から離脱しなくてはならなくなりまして、もともとは予定になかった綿花栽培の為に購入した東京の端っこ(秋川渓谷)へと拠点を移すことになりました。 目黒の店から車で1時間程度の距離感なのですが、ファッションの中心地からは遠く、もちろん若者はバーベキューの時期しかおらず、人間より動物の方が多い、、、トレンドを重視した見方をしなくともお洒落とは無縁の地に行ったと感じられてしまっても仕方がない事だとは思うのですが、いざ過ごしてみると山村で暮らす人々にはそれぞれの着こなしのスタイルがあり、仕事や趣味や生活までが滲み出てくるようなコーディネートはとても似合っていてお洒落だなと感じています。その感覚はここ数年感じ続けてきたSNS派生の流行りものに対する違和感への答えとも繋がっていて、センスの良さとはブランド物で身を包むことでもなく、有名な作家の器を持つ事でもなく、人気の場所に行く事でもなく、最新を知っている事でもなく、、、その人らしさを感じる選択を出来ているかということなのだと実感しています。  

 

 / 建設途中のアトリエ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アトリエは完成したのですが母屋の方はもう少し、、、現在は外壁をトタンから焼杉板に張り替えをしながら最後まで手付かずだった最後の部屋を店舗スペースにしようと目黒や京都の店の施工をお願いした大工さん主導の下で改修しています。他にも農具を終うための納屋を建てたり、農業・建築作業員を誘き寄せる為の駄菓子屋を作ったりとまだまだ計画はあるのですが、ひとまず店舗部分が完成しましたら普段はアトリエで仕事をしながら秋川渓谷の店を開けて、目黒の店は不定期で開けるような営業形態にしようと思います。 作り方や売り方も新たな目標に向かって徐々に変更していこうと考えていて、既に進行中のプロジェクトも含め時期が来た時に随時お知らせ出来たらと思います。 まず最初にお知らせするのは "ヒムカシ" から "サリゲナク" へとブランド名を変更したことです、、、"ヒムカシ"は私の名前を示す古語から付けたものだったのですが、起業してから15年の間に自分が作りたい!表現したい!というギンギラギンとした気持ちが削げ落ち、、、使う人に喜んで貰えるものが作りたいという気持ちの方が大きくなってきて物に作家や建築家の様に自分の名前が付いている事に違和感を感じるようになりました。自身は物から一歩二歩と下がって関われていられたらという気持ちを込めて名前は"サリゲナク"。に決めました。 

 

 ネームや品質表示に使うカタカナロゴはヒムカシを始める前からグラフック全般を頼っている友人にお願いし、HPのベースプログラムもまたヒムカシを始める前からプログラム全般をお願いしている友人にお願いし、毎週のように山の工事や畑を手伝ってくれる友人もヒムカシ以前から手伝ってくれておりますし、、、それ以外の事を含め考えても中身は変わっていないので名前を変えた事にそこまでの重要さを感じていなく、スタンスは変わりますが基本的には今までと何も変わらないように思います。 唯一、メインロゴだけは ”さいあくななちゃん”が描いてくれたので今までと思い入れが全然違います、、、彼女の既成概念には一切捉われず自分の信念に真っすぐな言葉や行動は正に " ROCK " それでいて誰に対しても親切丁寧な姿勢は見ていて感動すら覚えます。  目標を有名になる事でもカッコいいと思われることでも憧れに思われることでもなく、信念に正直で奢らない気持ちを私達も持ち続けていきたいと彼女にお願いしました。最近は制作活動と並行して漫画を描いていらっしゃるのですが、共感性高くてウルっときます、、、中年ですね。

/ SA R I GEN AKU